オーストラリアワイン-その驚き

オーストラリアはワイン生産の絶好地である。本来ワイン用のブドウは、不毛な地にわずかな灌漑を頼りに実を結び、十分な人手をかけてブドウ液を搾り取ることで、人々に貴重な水分と滋養の補給をしていたもの。ワイン造りの歴史は、冷涼でブドウ以外何も収穫出来そうもない枯れた大地から、いかに農民が苦労と知恵を重ねてワインを作ったかに満ちている。ところがいわゆる新世界ワイン-オーストラリアをはじめカリフォルニア、チリ、アルゼンチン、南アフリカ等-の登場で、ワインは肥沃で健康的な環境のもとでも優れた味を提供することが分かってきた。そもそもイタリアやスペイン、ポルトガルなどでも、またフランスでも南部のローヌ地方では、まぶしい太陽の熱気をはらんでワインは十分生産されていたのである。

1994年に仕事でメルボルンへ行ったとき、一日の休みを利用して近郊のヤラヴァレーを訪問したことがあった。生憎この頃はワインやブドウ畑にさして興味があったわけではないが、広大で整備されたブドウ畑を見て、その環境のよさに驚嘆した覚えがある。全くドデカイ大地を機械化によって十分耕作し、恵まれた自然の恩恵を十二分に活用すれば、オーストラリアは良質で廉価なワインを大量に生産できる、確かにシラーズ系の赤ワインは濃厚で甘美、そして安い。オーストラリアのワインはペンフォールドを飲んでいれば安心だ、この程度の認識でオーストラリアを訪問したのだった。

 

そうしてオーストラリアを訪問して知ったことは。
びっくりした。まずは、ブドウの木のその大きさである。フランスのワイン造りに親しんだ目でまず見たのは、背よりも遥かに高いブドウの木の繁りようである。まるで栽培の手を入れてないかのように繁り切って、さらに一本の木からは、数多くのブドウの房が垂れ下がっている。この野性的で自然に任せきりのような栽培は、厳選された良質のワイン造りと相容れるのだろうか。これが第一の驚き。

 何より驚いたのは、オーストラリアではどのワイナリーででも“セラードア"と称してワインの試飲が自由に出来ることである。別にワインを買わなくとも、試飲だけでも歓迎されて、小さな子供連れの家族が気軽にセラードアを訪問しているのである。気軽に試飲できることは嬉しいに違いないが、酒の世界としては何か妙。これが第二。

セラードアでまた驚いた。小さなワイナリーでも、あらゆる種類(品種)のワインを造っているのである。白ワインは、主だったところでドライなリースリング、セミヨン、ソーヴィニョン・ブランにシュナン・ブラン。ゲベルツにピノ・グリ。シャルドネに至っては樽熟成と非樽熟成がある。赤ワインは定番シラーズをはじめ、メルロー、カベルネ・ソ−ヴィニヨンとそれらのブレンド、グルナッシュやマルベック、カベルネ・フランとのブレンドもあるし、ピノ・ノア、ジンファンデルだってある。実に種類が多いし、イタリアやスペインの品種を造っているワイナリーもある。カベルネ・フランだけの赤ワインやドライなセミヨン?正直、味の基本に途惑ってしまう。スパークリングワインや甘美なボトリティスというデザートワイン、さらにポートワインまで作っているワイナリーだってある。それらの数だけ瓶がずらりと並び、隣接するワイナリーでも同じように展開される。これが第三の驚き。

 

そうしてそれが同一地域だけでなく、異なる地域のワイナリーでも、同じように多品種のワインを作っているのを見るに及び、ワイン作り手の個性と地域性のあり方に素朴な疑問が湧くのである。第四。

 

さらに、オーストラリアの大・中ワインメーカーは、自社所有のブドウ栽培地だけではなく、遥かな(数千q離れた)地からもブドウを搬入し、ブレンドしてさまざまな品種のワインを作ることを知った。ブドウ栽培家とワインメーカーが分業化し、小メーカーが大メーカーに系列化していく構図も透けて見える。ワイン造りに恵まれたこの国で、大地の特性に最新の科学技術を導入し、マーケットが好むと称してあらゆる味覚、規格、品質、価格のワインを自在に作り出す手法が横行するのであれば、化学製品製造の手法とワイン造りが同一に感じられ、疑問は落胆とブレンドするのである。

 

このように記すとオーストラリアワインに失望したかのようだが、全くそうではなく、疑問が大きい分その氷解を楽しみ、オーストラリアワインの魅力を思う存分に享受する旅が始まる、というものである。

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