大きい、オージー、オーストラリア

オーストラリアは、大変分かりやすい国である。国の形は、日本の四国を思えばよい。もっとも国土は日本の22倍もあるので、四国を大体150倍くらい大きくしたのが、オーストラリアなのであるが、その高松市の辺りに、大サンゴ礁グレートバリアーリーフで有名なケアンズ市がある。
今回直行したアデレード市は、土佐の高知市になる。西端のパースは足摺岬、メルボルンは東南の室戸岬、さらに東に位置するシドニーは阿波の徳島市、東海岸の観光地ブリスベンが鳴門市だ。
近年インドネシアなどの紛争から避難してくる都市はダーウィンで、これが伊予の松山市になる。ちなみにオーストラリアの首都はシドニーでもメルボルンでもなく、その中間に人工的に作られたキャンベラである。これは徳島市と高知市の中間にあたる。

そしてそれらの都市がおおむね、州都にあたる。シドニーはニューサウスウエールズ州都、メルボルンはヴィクトリア州都になる。アデレードは南オーストラリア州の、パースは西オーストラリア州の州都であって、ブリスベンがクイーンズランド、そしてダーウィンはノーザンテリトリー(連邦直轄地区で州ではない)の中心都市である。オーストラリアは、以上にタスマニア州及びキャンベラ連邦直轄地区からなる連邦国家であり、国家元首は英国エリザベス女王である。

人口は約1,800万人だから、日本の7分の1。人口密度は日本の150分の1。羨ましったらありゃしない。アボリジニーが棲む地に西欧から入植し、その歴史は230年余り。自分たちで国土を拓き、規則を制定し、住みやすい環境を創造した、という意識が高く、非常にルールを尊重する民主的な国である。

 

それが端的に現れるのが道路交通法上のマナーで、ハイウエーという名の国道の最高スピードは110km/ hだが、町の要所に近づくと、90、70、50、30と減速表示になる。その箇所を通り過ぎると、表示はいきなり110km/ hになるが、いたって皆がこの速度を遵守する。どんなに空いて眺めがよい道でも、130km/hで走ることはない。ましてむやみに車線変更や割り込みはせず(シドニーやメルボルンのような大都市では東京並みに乱暴になるが)、優先道路への進入や信号の変わり目を、とても辛抱強く待つ。

 

広大な国の移動の基本は飛行機でとなる。国際空港と国内空港が同一場所にあっても、ターミナルは数kmと離れている場合が多い。国内空港でも、利用する航空会社がカンタス航空とアムセット航空によってターミナルが違う。
この国の大きさを身をもって知ることになるが、それぞれに観光案内やレンタカー受付等が整備されているし、ターミナル間はシャトルバスや通路でつながっているので支障にはならない。空港の中はどこも広々として開放的。適切な表示に従っていくと、迷うことはない。よく歩くけれど。

 

小型機や自家用機の利用も多く、広大なオーストラリア大陸を飛んでいると、下方に赤い剥き出しの大地の上をいくつも白い小型飛行機が飛ぶ姿が見られる。
これらが簡単な滑走路しかない地へも不定期で人・物を運ぶし、緊急時に患者を運ぶフライングドクター制度もある。

 

町はおおむね計画的に建設されている。住所表示や道路名の整備は万全で、歩きやすいし車も走りやすい。車で郊外へ出ると、交差点はラウンドアバウトというロータリーになり、その都度信号で止まる煩わしさはないし、左折優先道路が完備している。道路には必ず最高速度表示があり、急カーブの箇所には、カーブの傾斜に応じた速度が、感心するほどどこにでも表示されている。

 

国民の根っこに農民風土があり、おおらかで寛大、困っている人がいれば助け合うのが当たり前、の気質である。それだけでも人間が住みやすそうで、また羨ましい。今回の旅でも、行く先々で親切な人にばかり行き会って、どれほど助けられたかわからない。
柄は大きい。揃いも揃って大きい上に、皆糖尿病じゃないか、と思うくらい丸々太っていて、それらがよく食べること、そして軽やかに動き回ること。ラグビーもサッカーもそして水泳も、オージーオージーの大声援なのだ。

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