グラスが違うと味わいも変わる!
文:シニアワインアドバイザー・高橋 珠子
3種の最高級ワイングラスで一つのワインを飲み比べたときに、いったいどんな違いがあるのか検証してみた(S社:ショットツヴィーゼル THE
FIRSTシリーズ/R社:リーデル ソムリエシリーズ/L社:ロブマイヤー バレリーナシリーズ 以下略称)。
多少の違いはあるのだろうと思っていたが、多少どころではなく、全く別のワインを飲んでいるように感じるほど、違いは歴然としていた。
素材は皆クリスタルガラス(ガラスはソーダガラス<普通のガラス>とクリスタルガラスに大別される。輝き透明感の点からクリスタルガラスがより高級とされている。)を使用しているが、細分すると含有物質の違いからS社:*トリタンクリスタル、R社:鉛クリスタル、L社:カリクリスタルに分類される。
クリスタルガラスとはBC.300〜320年にフェニキアの行商人が、炊事のため焚き火をしていた時に硝石が砂と融合して、ガラスを発見したと言われている。無色透明なガラスを広くクリスタルガラスといい、いまだにクリスタルガラスの国際基準は確立されていない。16世紀にはイギリスで鉛クリスタルが発明され、研磨及びカット加工が容易なことから普及した。しかし製造工程や研磨、カット加工の工程で鉛が溶出し、水質に悪影響を及ぼす事から北欧ではすでに製造されていない。近年鉛クリスタルにかわって、*トリタンクリスタル、のような自然環境に優しいクリスタルが注目を浴びている。
俗 称 | 主 原 料 | 特 徴 |
ソーダガラス | 珪素70%、 ナトリウム13%、 カルシウム7%、 その他10% |
普通のグラス |
カリクリスタル | 珪素75%、 ナトリウム5%、 カルシウム5%、 カリウム15% |
光沢が良い、色グラスの色調が美しい |
*トリタンクリスタル | チタニウム、 ジルコニウム他 |
光沢が良い、耐久性が高い |
鉛クリスタル | 珪砂55%、 酸化鉛24%、 カリウム15%、 その他6% |
屈折率大、光沢が良い、 音が美しい、重量感がある |
「*トリタンクリスタル」は素材と製法の国際特許です。
ハンドメイドグラスは同素材ながら製法が異なり「無鉛クリスタル」と呼称しています。
ソーダガラスに透明感と輝きを期待してはいけない。しかし加工性・成形性に優れ、大量に生産されているため安価で、均質性が良いというメリットがある。
やはりワインを楽しむにはクリスタルガラスがいい。しかしクリスタルガラスだからといっても素材の違いによって、液体の色の見え方が違ってくることをよく理解しておいたほうがよさそうだ。
S社とL社は光沢があり、液体がキラキラと輝いていて、とても美しい色調を楽しむことが出来るが、R社は、色は美しいものの、ボールの内側に液体がいつでも張り付いていて、色素がグラス表面に残ってしまうため、少し色がよどんで見えた。鉛クリスタルだからだろうか?クリスタルの質の違いによるワインの粘着性と残色素について、もう少し調べてみる必要がありそうだ。
ガラスの質による違いに加え、グラスの形状も色の見え方に大きく係わっている。
ボールとステム(脚)のつなぎ目が滑らかで、ボールの底がやや鋭角でステムに入り込んでいるような形状だと、ラフ板をあてたような効果が得られ、下からの光の反射で液体がキラキラと光り輝く。各社シャンパーニュグラスはボールの底が鋭角に切れ込んでいて、泡立ち、輝きを十二分に楽しめるデザインだった。中でもL社の美しさは際立ったものがあった。
ボルドーグラス、ブルゴーニュグラスになるとS社の独壇場だ。‘04世界最優秀ソムリエに最年少で輝いたエンリコ・ベルナルド氏の監修により、こんな手があったか!と手を打ちたくなるような、画期的なボールシェイプが誕生した。ワインに光を取り込んだような美しさは特筆物である。
香りの違いはどこから来るのか?大きな要素として、ボールの大きさと形状が挙げられる。
今までの認識だと、ボールは大きければ大きいほどワインが空気と接触して香りを引き出すことができ、良いのではと考えられていた。しかし物には程度というものがあり、香りを引き出すのに適した大きさは必ず存在する。大きすぎても小さすぎてもいけない。
3種のグラスで容量の大きい順にR社>S社>L社となるが、実際に使用してみた率直な感想は、R社は大きすぎる。香りをたたせようとグラスを回すと、ボールが大きすぎるため液体が大きく早く回転し、ワインがびっくりして目覚めたような感じがした。実際香りはたっぷりとボールに含まれていたがどこか荒く焦点の定まらないぼんやりした香りになっていた。
S社はR社よりもやや小ぶりで、特徴的なボールシェイプのおかげで、ボール底を基点にしてゆっくりと渦を巻くように液体が回転するので、大きいわりには優しくスワリング(ワインを空気に触れさせて、より多くの香りを引き出すためにグラスを回すこと)するができる。よってたっぷりとしたボールにたっぷりと複雑な様々な香りが混在し、可能性を十二分に引き出していると感じた。
L社は前者2メーカーに比べると半分とまではいかないが、かなり容量が小さい。小さすぎて香りが立つスペースが足りないのでは…という危惧をよそに、喜びを感じられる香り立ちがあった。
不思議に思って再度試して気がついたのだが、ボールが小さいがゆえに液体と鼻との距離が短く、香りが分散することなくダイレクトに鼻まで立ち上ってきていた。また、ボールの小ささは液体の回転スピード調整も容易にし、優しくも力強くも思いのままに操れる。微調整がきき、勝手の良いグラスだと思った。チャーミングでバランスの良い香りが感じられたが、香り立ってからグラスの中で絡み合う複雑な香りは残念ながら乏しかった。
味の違いは、口に流れ込んでくる液体量と、その液体が舌のどの場所に落ちるかによって大きな違いが生まれる。
まずL社製グラスだが、味わいの点においても小ぶりなグラスの利点が挙げられる。小ぶりなため口中に含む液体量の調整が大変しやすいので、好みにあった味を作り出せる。例えば酸味の苦手な人は少な目の量を舌先に乗せるようにすると、まずは舌先で甘みを感じ、それから両脇にある酸味を感じる味蕾にゆっくりと液体が届くので、酸味を柔らかく優しく感じられる。逆に液体がどっと入り込んでくると、甘みよりも酸味や苦味を強く感じ荒々しい味になる。
L社のグラスは口回りのガラスが大変薄く、唇に当たる繊細さは他の追随を許さない。デリケートで繊細な味わいを演出できる優秀なグラスといえよう。オーストリア製品であるが、日本的な繊細さを持っているので、熱狂的なファンが多いのもうなずける。
R社は香り同様大味で荒い印象の味わいだった。というのもボールが大きく長いため、液体が加速して口中に届き、必要以上の量を含むことになる。
R社製グラスは顔が埋まってしまうのではないかというほどボールが大きいので扱いにくいが、ワインラバーなら一度は感じたことのある「このワインに埋もれたい!」という生理的欲求を満たしてくれる唯一のワイングラスかもしれない。
最後にS社製グラスだが、大きく広がってから口に向かってはすぼまっていく形状なので、液体も途中で止まり、その後はゆっくりとした流れで口中まで届く。大きいグラスとは思えないほど扱いやすく、繊細で緻密、ダイナミックな味わいが堪能できる。ドイツ製品らしい高機能なワイングラスだ。
三者三様の特徴があり、好みの問題もあるので一概にこれが一番とはいえないが、よく考えられた配慮の細やかなグラスが存在していることに、感謝の念を隠せない。
これからも、グラスによる味の違いを皆で楽しんで行きたいと思う。
シャンパーニュ | ボルドー | ブルゴーニュ | |
ショットツヴィーゼル THE FIRSTシリーズ |
12,500円 | 12,500円 | 12,500円 |
リーデル ソムリエシリーズ |
10,000円 | 15,000円 | 15,000円 |
ロブマイヤー バレリーナシリーズ |
14,700円 | 15,750円 | 15,225円 |
※ テイスティングワイン
- Gosset Grand Reserve Brut NV \6,800
- Vosne Romanee 1er Cru Aux Brulees 2004 \10,000
- Chateau Beau-Sejour Becot 1999 \7,900
※参考文献: ガラス製造の現場技術 日本ガラス製品工業会発行
東京美術「すぐわかるガラスの見分け方」